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フォトブログ・我が心の風景

土門拳、風景写真について

 

土門拳著・死ぬことと生きること

 

「風景写真」の項より引用

 

よく絵はがき写真だといわれるものがある。そういう風景写真は本人不在である。

 

富士山を描く画家は昔もずいぶんいた。北斎、大雅堂、鉄斉、大観、梅原龍三郎、いっぱいいる。

風景というモチーフが作者を乗越えるほど、強大な優越さをもっている所がずいぶんある。日本三景、あるいは日本百景、昔からいい風景といわれる所には、あまりにも風景がりっぱだという所もある。そういう所は、写真に撮って眺めるよりも、実物のほうがはるかにいい。これは小説のほうでも言い得る。あまりにも偉大な英雄、豪傑は小説に書きにくいという。つまり、文学的な表現によっても、その英雄、豪傑を表しにくい。従って、そこに事実は小説より奇なりということが出てくる。

 

ところで、絵はがき的な風景写真であるが、今までのサロン的な風景写真は本人不在である。これが一番に特徴ではないかと思う。そこに人が感ぜられない。

 

だから展望風景というか、遠隔風景というか、広々とした大きい風景は写真ではなかなかこなしきれない。それは単にワイドアングルのレンズをもってきただけではこなしきれない。

見晴台の上に立てば、だれでもそういう遠隔風景に接することができる。ここから眺める富士が一番いいとか、そういう見晴台は日本国中どこにでもいっぱいある。それは、いわば人間の目のポジション、アングルの決定された場所であるが、しかも、それは何百年、何千年かの、人間の体験を通じて決定されているわけである。

写真の場合のカメラアングル、カメラポジションの決定も、そうした遠隔風景の場合には、主体的な条件と関係なしに、たといその場で五間や十間、カメラポジションを変えてみたって、その風景はたいして変わらない。

その場合には、三つの条件というものは作者本人に関係なく決まってしまう。従って誰が撮っても似たような写真しかできない。フィルターを変えて使うといっても、たいしてちがいも出てこない。補正的な条件が働く余地がない。

ところが、同じ風景でも、僕がよくいう生活史的な風景という、いわゆる狭い風景がある。写真に撮られて初めて気がつくような、それまで誰も気がつかないようなモチーフがある。そこに作者の目がするどく向けられて、カメラポジション、カメラアングル、シャッターチャンスによってそれが写真として強く人に訴えるものができる。

電信柱一本入れるか入れないかによって結果が違ってきたりシャッターチャンスの良し悪しによって、人物が入ったり入らなかったり、朝と夕とちがってきたりする。つまり、遠隔風景と反対に近接風景の場合は、作者の人間としての個性的なものがはっきり出ると言える。

ところがサロン派の人たちは、そういうモチーフの選択をしない。ススキがあり雲がありといったモチーフに力を入れている。柿の木の蔭がいいとか悪いとか言っている。

しかし、この狭い生活史的な風景は今までのサロン的な風景、名所古跡の絵はがき的な線と逆と考えればいい。そこには人間を主体として人間的な能力が十分働き得る。強力に自分自身を発動し得る。モチーフの発見からしてすでに人間的であり、個性的であると言える。 

 

今までのような、風景に向かって手も足も出ない、そのまま撮ってくるというようなやり方では、新しい今の風景写真は作れない。

作者自身の日本の風土というものに対し、民俗というもに対し、伝統というものに対してはっきりした定見をもっていなければ撮れない。

そういう条件の中から出発して、モチーフの選択、カメラポジション、カメラアングル、新しいシャッターチャンスというものを決定していく、そこには、はっきりと本人在宅である。

そういう態度で撮っていけば、たとい風にそよぐ木を撮っても、それは今までの風景とはちがったものとして把握し、ちがったものとして表現していくことができる。

かりに富士山なり隅田川なり撮ったとしても、自分の好きな富士山、自分の好きな隅田川ということになれば、今までのような本人不在の写真にならずにすむのじゃないかな。 

 

富士山を撮ったから富士山だということだけではない。戦前においては霊峰富士という考え方すらあった。信仰的な対象にもなった。それとこれとはちがっても、フォトゼニックな美しさというものは、自分の考え方のちがいによってシャッターチャンスの選択もおのずからちがうし、したがってそこに本人在宅の風景たる富士山を把握することができるのではないか。

 

自然のまま撮ってきたのでは、そこに本人は何も入ってはいない。

北斎の富士、鉄斉の富士、大雅堂の富士、梅原龍三郎の富士、富士は変わらなくても、その人の個性を通じて撮った富士は、おのずから一つの絵画として表現される。そこに自分の解釈が加わる。

結局、自分の主体的な、人間的な撮影衝動、エモーションというものが加わらないかぎりは、風景を撮ってもそれは単に絵はがきである。われわれの民俗、風土を見る立場としては、もう一回はっきりと自分の解釈というものをそこに加えなければならない。

さらに、そうした山や川を撮った場合にも、そこに人間がいることが大事である。

われわれは何も空や雲、あるいは山や海、そういう科学写真を撮っているわけではない。そこに、はっきりと見つめている人間がいるということである。

雲のたたずまいを写すというだけでなく、その雲のたたずまいをじっと見入っている人間がいるということである。

 

今までのサロン的な風景写真は、決して風景を引張ていない。ただ詠嘆し、寄りかかっているだけである。

 

これは風景ばかりでなく、あらゆるモチーフについて言えることであるが、本人不在の写真はつまらない。今までのサロン写真の風景のように、ただ仕上げだけで見せる写真は、すでに今日の写真ではない。

 

 「手でつかめる風景」の項より引用

 置き忘れられた風景

風景写真は写真界全般からみると、スナップ全盛で、後退しているというふうにいわれている。しかし、アマチュア写真家も、それからカメラを持たない一般大衆も、風景写真は非常に好きなのである。

 

二十年前のことになるが、ぼくが新婚旅行をして三百枚ばかりの写真を撮ってきたことがある。それは、おおむね風景写真だった。ところが知合いのお医者さんとか、会社の重役が、ぼくのコンタクトブックを見て、この写真をぜひ引伸ばしてくれ、額に入れて自分の家の応接間に飾りたいという。それは日向の海岸の峨々たる岸壁に荒波がしぶきを上げている。そういう写真だった。その写真はたった一枚か二枚しかシャッターを切らなかったもので、いわゆる風景絶佳といわれている、また真珠の名所でもある日南海岸だった。

このことをよく考えてみると、必ずしもぼくの写真が写真的にいいということではなくて、いい景色の魅力にひかれている、ということがわかった。写真家としてのぼくはあまりいい気持ではなかったが、知合いの恩義ある人たちの注文だから、引伸ばしをしてあげた。以来二十年になるが、写真は未だにそのお医者さんの応接間に飾られている。

つまり風景写真というやつは美人の写真の写真と同じように、写真的にいい悪いを離れて、モチーフが美しいからというので、一般大衆から愛好される場合が非常に多い。

 

そこで一般のアマチュア写真家が風景を写すのはどういう場合であるかということを考えてみると、日光の華厳滝を見物にいったり中禅寺湖をボートでまわったりするとき、また山のてっぺんに立って、遠いはるかな広々とした風景をみわたしたときに、なにか素晴らしい自己解放感に似た気持ちのよい感激を受けて、いい景色だなあ!と叫び、なんとなしにカメラを向ける。そして実際に写真を撮影するとなると、アマチュアはみんな、黄色いフィルターをつけたカメラで風景を写している。

今までは、朝の斜めの光、夕日の影の濃い光、そうした照明効果がやや文学的であったり、常識的でなかったりしたような写真が、いわゆる芸術写真として、風景写真の王座を占めておった。これは光線、つまり太陽の位置がふつうであれば、なんのことはない平凡な風景である。

普通のアマチュアも、風景写真の専門的な写真家も、一言にしていえば、パノラマ的な風景をモチーフとして写真をつくっていた。そのことが、わらわれ近代人の生活感情と非常に縁遠いものとなり退屈になり、飽きられ、写真界全般からいうと、風景写真は遠くのほうへ置き忘れられたような存在になってしまったのである。

 

 自然とカメラの能力

ぼくはいい景色を見て一枚パチリと写したくなるアマチュア写真家の、そういう純真な写真意欲というものを否定しようとは思わない。しかし風景写真のみならず、われわれ近代人の生活環境に訴える芸術的な作品を考える場合、今までのようなパノラマ的な、古風な、ありきたりな風景写真では完全にだめであるといいたい。

 

なぜ、だめかについて、ぼくは次のように考える。まず実際の風景の遠くはるかな、広々とした空間的な解放感に対して、普通のカメラのレンズの画角はあまりにもせまい。広角レンズといったところで、たかが三十五ミリ程度のものでは、写真的な空間というものは、いわば馬車馬が両眼に目かくしをはめられている程度のものしかない。

例えば山のふもとから一歩一歩高みへ登り、汗水たらして頂上までたどりつく。時間的な精神的な変化。そうして頂上に立って東南西北四方を眺め回す視点の移動。普通の人間の生理的な活動が、実際の空間に対応するきわめて自由自在な感激的な働きに対して、カメラは常に一点に固定して、実に狭苦しく不自由なものである。

だから、素晴らしいと思ってシャッターを切ったところで、できた写真は諸君を完全に裏切る、非常に狭い一部分しか写っていない。晴れた青い空の美しさに対する山はだの茶色だったり、黄色だったりする美しさ、そんなものはどこにもない。がっかりするだけだ。

角度の狭さ、色彩がないこと、流れる雲とか、ざわめく草の葉、そういう動きがないこと、たとえ華厳滝が写っても、あのすさまじい大きな音はどこにもない。つまり写真というものはそういうものであることをよく認識した上で、われわれは素晴らしい感激的な風景美をどう写すか、ということを考えなければならない。

 

 最近の私の撮影法

以上のような写真のもつマイナスの性格的な条件を考えた上で、今後の新しい風景写真を考えなければならない。

ぼくの場合は、まず遠いはるかな、広々としたした風景を撮ることをやめてしまった。

 

この間も、有名な天然記念物である鳥取大砂丘にいってみたが、35ミリのカメラに28ミリレンズをつけても問題にならない。つまり大砂丘のもつ魅力は目の前いっぱいに砂ばかりであるということである。そこで、ぼくは大砂丘のパノラマ的な全景写真を撮ることをやめてしまって、自分が立っている砂丘の足もとだけをねらうことにした。砂丘だけにある特殊な草。もちろんこれは、ぼくのアマノジャクな性格がさせることであるかもしれない。

 

それはとにかく、アメリカの有名な風景写真家エドワード・ウェストンの作品を見ても、カリフォルニアの砂漠のなかで写真を撮りながら、やはり砂漠のもつ雄大な広さというものの狙いを放棄しているのがよくわかる。つまり部分を使って全体を暗示するという点に逃げているのだ。

 

ぼくの場合の鳥取大砂丘では、部分で全体を暗示するということすらやめてしまっていた。ウェストンがカリフォルニアの砂漠でやっていた態度は、ぼくにはまだ、なまにえの、中途半端なものにみえたからである。

 

~途中略

 いつでも風景というものは、非常に遠いもの、いつでもエトランゼ(外国人)的なもので観光的なのだ。それをもっと生活的な、もっと身近なものとして、風景を見ていく。それは「生活史的風景」と言っていいものだ。

自然という広大なモチーフに対して、こういう角度、方向から切り込んでいくということで、新しい風景感、自然感が写真的に打開できるのではないか、ということが、ぼくの暫定的な主張なのである。

人はぼくの「室生寺」をほめてくれる。今のぼくは、あんなものをほめてもらってもうれしくはない。あれはもう古い。今のぼくは「室生寺」より先に進んでいる。そして今のぼくが、また古くなる時がくるに違いない。

 

土門拳・死ぬことと生きること